はじめに:その合意書、本当に「安心」ですか?

離婚協議、不倫の慰謝料問題、金銭の貸し借りトラブル…。
当事者間の話し合いがまとまり、「合意書」や「示談書」にサインをしたとき、多くの方は「これでやっと問題が解決した」と、ひとまず安堵されることでしょう。
しかし、その合意内容が、「将来にわたって、継続的な支払いが続く」ものであった場合、その安心が本物かどうか慎重に見極める必要があります。
「相手が約束通りに養育費を払い続けてくれるだろうか…」
「分割払いの慰謝料が、途中で滞ったらどうしよう…」
残念ながら、口約束や当事者間だけで作成した私的な合意書(私文書)は、相手が支払いを怠ったときに、その約束を強制的に実現させる力(強制執行力)がありません。あなたのその合意書は、単なる「絵に描いた餅」になってしまう危険性があるのです。
この記事では、当事者間の大切な約束を、法的に保護された「強制力」のあるものにするための強力な手段、「公正証書(こうせいしょうしょ)」について、そのメリットと、特に作成すべきケースについて弁護士が解説します。
「私文書」と「公正証書」の決定的な違い
当事者間で作成した「示談書」や「合意書」も、契約として法的に有効な「私文書」です。
しかし、もし相手が支払いを怠った場合、この私文書だけを根拠に、いきなり相手の財産を差し押さえる(強制執行をする)ことはできません。
私文書(示談書・合意書など)の場合
- 不払い発生
- 民事裁判を起こす
- 勝訴判決を得る
- やっと強制執行の申立てが可能 (時間も費用も、精神的な負担も多くかかります)
公正証書の場合
公正証書は、公的な専門家である「公証人」が、公証役場で作成する公的な文書です。
そして、金銭の支払いに関する公正証書に「ある特別な一文」を入れることで、その効力は劇的に変わります。
公正証書の最大のメリット:「強制執行」が可能になること
公正証書の最大のメリットは、金銭の支払いに関する約束について、「強制執行認諾文言」という特別な条項を付けて作成することで、裁判所の確定判決と同じ、強力な「執行力」を持つ点にあります。
強制執行認諾文言付き公正証書の場合
- 不払い発生
- 裁判不要で、直ちに強制執行の申立てが可能 (迅速かつ、費用も抑えることができる)
強制執行認諾文言とは、債務者(支払う側)が「もしこの公正証書に定めた金銭の支払いを怠った場合には、直ちに強制執行を受けても異議はありません」と、あらかじめ承諾する意思表示のことです。
この公正証書があれば、相手が支払いを怠った場合に、裁判を起こすことなく、直ちに相手の給料や預貯金口座、不動産などの財産を差し押さえる「強制執行」の手続きに進むことができるのです。
特に公正証書を作成すべきケース
では、どのような場合に、公正証書を作成しておくべきなのでしょうか。
答えは、「将来にわたる長期的、または分割での金銭支払い」が約束事となる、あらゆるケースです。支払期間が長ければ長いほど、相手の経済状況の変化や、支払意欲の低下など、不払いのリスクは高まります。
【ケース1】養育費の支払い
公正証書を作成すべき典型例です。
養育費の支払いは、お子様が成人するまで、10年、20年と非常に長期にわたります。この長い期間、滞りなく支払い続けてもらうための、最も確実な担保が公正証書です。
【ケース2】慰謝料の分割払い
不倫やDVなどを原因とする慰謝料が、一括ではなく分割払いとなるケースもあります。
例えば、「300万円を、月々10万円ずつ30回払いで」といった約束をした場合、その支払いが完了するまでの2年半の間、不払いのリスクに備える必要があります。
【ケース3】貸金の分割返済
個人間でお金を貸し、その返済が分割となる場合も同様です。
口約束や簡単な借用書(私文書)だけでは、相手が支払いをやめてしまったときに、回収が非常に困難になります。
これらのケースでは、公正証書を作成しておくことが、後日の紛争を防ぎ、あなたの権利を確実に守るための「生命線」となります。
公正証書の作成が不要かもしれないケース
上記の裏返しとなりますが、金銭の支払が一括で行われるケースでは、公正証書の作成は必須ではありません。
公正証書によって強制執行が可能となるのはあくまでも金銭支払いを内容とする部分のみであり、その他の内容については公正証書を作成したとしてもその強制力に大きな違いは生じません。
特殊な事案では、念の為公正証書としておくことが望ましいケースもございます。判断に迷った場合は弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
公正証書の作成を弁護士に依頼するメリット
公正証書は、当事者双方が公証役場に出向いて作成することも可能です。
しかし、その内容が法的にあなたにとって十分なものか、将来のリスクを全てカバーできているかを判断するのは困難です。弁護士に依頼することで、以下のようなメリットがあります。
1.前提となる合意内容の交渉
そもそも公正証書に記載する内容(慰謝料の金額、養育費の算定、支払い方法など)が、あなたにとって法的に妥当で、有利なものであるか、弁護士が相手方と交渉し、最善の合意を目指します。
2.あなたに有利で、抜け漏れのない文案の作成
弁護士は、あなたの具体的な状況に合わせて、強制執行認諾文言はもちろん、その他の重要な条項(期限の利益喪失条項、遅延損害金、守秘義務、清算条項など)を網羅した、あなたを最大限に守るための、隙のない公正証書の文案を作成します。
3.公証役場との煩雑な手続きの代行
公証人との事前の打ち合わせ、必要書類の準備、日程調整など、煩雑な手続きを全て弁護士に任せることができます。
4.万が一の不払い時の「強制執行」手続きの代理
公正証書を作成したにもかかわらず、相手が支払いを怠った場合には、弁護士が直ちに強制執行の手続きに着手し、あなたの債権の回収を実現します。

合意書・示談書・公正証書を問わず、あらゆる文書について言えることですが、書面のタイトルや形式は必ずしも重要ではありません。
記載されている内容(合意内容)が全てです。
公証人は、あくまでも当事者が公証役場に持ち込んだ文書を公正証書にするだけの立場であり、その内容の適否については踏み込みません。
そのため、内容があなたにとって不利な内容(あるいは、含めるべき条項が含まれていない内容)であっても公正証書の作成は可能です。
「公正証書を作っておけば安心」とは直ちに言い切れず、適切な内容の公正証書を作成しておく必要があります。
口約束や覚書で終わらせず、法的な強制力で未来の安心を

トラブルが解決したときの合意は、その後のあなたの人生の基盤となる、非常に重要な約束です。それを「口約束」や当事者間だけの「合意書」で終わらせてしまうのは、砂上の楼閣を築くようなものです。
特に、養育費や分割払いの慰謝料など、将来にわたる大切な約束事については、裁判所の確定判決と同等の力を持つ「強制執行認諾文言付き公正証書」を作成しておくことで、未来の不払いリスクに対する、最も強力な保険とすることができます。
ルーセント法律事務所は、宝塚市・西宮市をはじめ阪神地域において、離婚協議、慰謝料請求、金銭トラブルなどに関する交渉から、その合意内容を確実なものにするための公正証書作成サポートまで、一貫して対応しております。
初回のご相談は無料です。相手方と合意に至った、あるいはこれから合意を目指すという方は、その約束を確かなものにするために、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。