はじめに:警察からの突然の「照会」、どう対応すべき?

ある日、警察や検察といった捜査機関から、クリニックや会社に対し、「特定の個人の情報を提供してほしい」という内容の「照会書」が届いたり、捜査員が直接訪ねてきたりすることがあります。
このような事態に直面すると、
「捜査には協力すべきだろうが、個人情報やプライバシーを保護する義務もある…」
「どこまで情報を提供していいのか?」
「断ったらどうなるのか?」
など、多くの担当者様が対応に戸惑い、判断に窮することでしょう。
不適切な対応は、個人情報保護法違反や守秘義務違反のリスクを招くだけでなく、捜査機関との関係を悪化させたり、捜査に支障をきたしたりする可能性もあります。この記事では、捜査機関から個人情報等に関する照会があった場合に、医療機関や企業の担当者様がどのように対応すべきか、その法的根拠や注意点、そして弁護士に相談するメリットについて解説します。
捜査機関からの照会の種類と法的根拠
捜査機関からの情報提供依頼は、主に以下の2つのケースに大別されます。
1.任意捜査に基づく照会(協力依頼)
口頭や電話での依頼
捜査員が直接訪問したり、電話で情報提供を求めてきたりするケースです。
捜査関係事項照会書
刑事訴訟法第197条2項に基づき、捜査機関が捜査に必要な事項について、公私の団体に報告を求める書面での連絡です。弁護士が行う「弁護士会照会(23条照会)」と区別して「197照会」などと呼ばれることもあります。
法的性質
これらはあくまで「任意」の協力依頼です。原則として、照会に応じる法的な義務はありませんし、応じなかったことによる直接の罰則もありません。しかし、正当な理由なく協力を拒否し続けると、捜査機関が次の手段(令状に基づく強制捜査)に進む可能性もあります。
2.強制捜査に基づく照会(令状によるもの)
捜索差押許可状など
裁判官が発付した令状に基づいて、情報の提出や物の差押えを求めるものです。
法的性質
これは「強制」処分であり、令状に示された範囲で協力する法的義務があります。正当な理由なく拒否すれば、公務執行妨害罪などに問われる可能性があります。
対応の基本原則:個人情報保護法と守秘義務
個人情報を取り扱う医療機関や企業には、個人情報保護法や、職種によっては守秘義務(医師法、刑法など)が課せられています。原則として、本人の同意なく個人情報を第三者に提供することはできません。
しかし、個人情報保護法には例外規定があり、以下のような場合には本人の同意なく個人情報を提供できるとされています。
- 法令に基づく場合(個人情報保護法 第27条1項1号)
- 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき(同条1項2号)
- 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき(同条1項4号)
捜査機関からの照会は、多くの場合、これらの例外規定(特に「法令に基づく場合」や「国の機関等の事務遂行への協力」)に該当するかどうかが焦点となります。
警察から照会があった場合の具体的な対応ステップ
①まずは落ち着いて、相手の身分を確認する
捜査員が来訪した場合、身分証明書(警察手帳など)の提示を求め、所属、氏名、階級、連絡先を正確に控えます。電話の場合も同様に確認してください。
慌ててその場で即答したり、安易に情報を提供したりしないようにしましょう。
②法的根拠と照会内容の範囲・特定性を確認する
- 照会の根拠:
令状なのか、刑事訴訟法197条2項に基づく捜査関係事項照会書なのか、単なる任意協力依頼なのかを明確に確認してください。 - 書面での照会を求める:
口頭での依頼の場合は、可能な限り正式な書面(捜査関係事項照会書など)での手続を依頼しましょう。これにより、照会の内容や範囲が明確になります。 - 照会事項の特定:
どのような情報を、どの範囲で求めているのか、具体的に確認します。「関係ありそうなものを全て」といった曖昧な要求には慎重に対応する必要があります。
③組織内のルール確認や、上司への確認・相談をする
個人情報や捜査協力に関する社内規程や対応マニュアルがあれば、それに従います。
必ず上司や法務担当者、顧問弁護士などに報告・相談し、組織としての対応を検討します。担当者一人の判断で進めないことが重要です。
④ 任意照会の場合:協力の必要性・相当性を検討する
- 捜査関係事項照会書(刑訴法197条2項)などの任意照会の場合、協力義務は直ちに発生しません。
- しかし、捜査は公益性の高い活動であり、個人情報保護法の例外規定に該当すると判断できる場合(例:「法令に基づく場合」や「国の機関の事務遂行への協力」に該当し、かつ照会内容が必要最小限で相当と認められる場合)は、協力することが一般的です。
- 医師や弁護士など、法律で特に厳格な守秘義務が課されている職種の場合は、より慎重な判断が必要です。ただし、正当な法的根拠(令状や個人情報保護法の例外規定に明確に該当する場合など)があれば、守秘義務は解除されると考えられています。
⑤ 令状(強制捜査)の場合:有効性を確認し、原則として協力する
- 裁判官が発付した捜索差押許可状などが提示された場合は、強制力があるため、原則として協力しなければなりません。
- ただし、令状の有効期間、捜索・差押えの対象となる場所・物・情報の範囲などを確認し、令状に記載された範囲を超えて情報を提供したり、捜査に協力したりする必要はありません。不明な点や疑問点があれば、その場で弁護士に連絡を取ることも検討しましょう。
⑥ 対応の記録を必ず残す
いつ、誰から(所属・氏名)、どのような根拠で、どのような内容の照会があり、それに対してどのように対応し、どのような情報を提供したか(あるいは提供しなかったか)、その理由などを時系列で正確に記録しておきましょう。照会書や令状のコピーも保管します。
迷ったとき、判断に困ったときは弁護士にご相談を
捜査機関からの照会への対応は、法的知識や慎重な判断が求められます。
特に以下のような場合は、速やかに弁護士に相談することをお勧めします。
- 照会の法的根拠が不明確な場合、または十分な説明がない場合
- 個人情報保護法や守秘義務との関係で、情報提供の可否判断に迷う場合
- 照会されている情報の範囲が広すぎる、あるいは捜査との関連性が不明な場合
- 任意照会に対し、協力すべきか否か、協力する場合の範囲について判断に迷う場合
- 情報提供によって、本人(患者様・顧客など)や自社・自院が不利益を被るリスクが心配な場合
- 令状が提示されたが、その有効性や範囲に疑問がある場合
- 捜査機関への回答書の作成など、具体的な対応方法についてアドバイスがほしい場合
弁護士は、照会の法的性質を正確に見極め、個人情報保護法や各業法(医師法など)の規定、判例などを踏まえ、貴院・貴社がとるべき適切な対応(情報提供の可否、提供する場合の範囲、拒否する場合の法的根拠など)を具体的にアドバイスすることができます。また、必要に応じて、捜査機関との間に入って状況を正しく把握し、回答書を作成することも可能です。
まとめ:適切な対応でリスクを回避
捜査機関からの個人情報等に関する照会は、医療機関や企業にとって、法的義務と社会的責任のバランスをどう取るかという難しい判断を迫られる場面です。しかし、基本的な法的知識と適切な対応手順を理解し、安易な情報開示も、不用意な非協力も避けることが重要です。
特に重要なのは、書面での照会を求めていただくことです。口頭での協力依頼の場合には、捜査関係事項照会書を出してもらうよう捜査機関に依頼してください。
捜査機関側も、個人情報保護の必要性は理解してくれているため応じてくれることが多いです。

また、医療機関においては通常のカルテ開示の場合と同様、文章料の請求を行う場合もあります。捜査機関側から文章料の支払について確認をしてくれる場合もありますが、事前に規定を整えておくケースもあります。
少しでも判断に迷ったり、対応に不安を感じたりした場合には、決して担当者だけで抱え込まず、速やかに弁護士にご相談ください。
ルーセント法律事務所は、宝塚市・西宮市をはじめ阪神地域の医療機関様や企業様からの、このような捜査機関対応に関するご相談にも応じております。個人情報保護法や各業法に配慮しつつ、貴院・貴社が直面する法的リスクを最小限に抑えるためのサポートをさせていただきます。お困りの際は、お気軽にお問い合わせください。