はじめに
離婚を考えている夫婦にとって、別居中の生活費である婚姻費用、離婚後の養育費は重要な問題です。過去、婚姻費用や養育費の金額を巡る紛争が長期化する傾向にあったため、現在では裁判所が簡易迅速かつ公平に婚姻費用等を算定する方法を研究し算定表として公表しています。近時では一般の方でも算定表の存在を知っている方が増えており、家庭裁判所が関与しない協議離婚の場面でも広く用いられています。
算定表では考慮されていない事情がある
もっとも、算定表では全ての事情が考慮されているわけではありません。そのため、夫婦やお子様の具体的な事情によっては算定表から機械的に婚姻費用や養育費を算出するのではなく、一定の修正を行う必要が生じます。算定表において既に考慮されている事情・考慮されていない事情は多岐にわたりますが、この記事では現実に問題となることが多い住宅ローンの負担がある場合について、離婚事件を多数取り扱っている弁護士が解説します。
住宅ローンの支払がある場合における婚姻費用・養育費の定め方
①前提条件
婚姻費用・養育費の定め方についてイメージをもっていただきやすいように、婚姻費用・養育費を支払わなければならない側(以下では「義務者」といいます。)が同時に住宅ローンも負担しており、婚姻費用や養育費を受け取る側(以下では「権利者」といいます。)が住宅ローンの残っている持ち家に住み続けている場面を想定します。つまり、義務者は住宅ローンを支払いながら、婚姻費用や養育費も全額支払わなければならないのか、という問題意識がある場面です。
②住宅ローンの全額を差し引きできるのか?
算定表から導かれた婚姻費用や養育費が月10万円であったとしましょう。住宅ローンを月7万円払っている場合に、住宅ローンの全額を差し引いて婚姻費用や養育費の額を月3万円にしてほしい、という主張が義務者からなされることがあります。
しかしながら、家庭裁判所の実務ではこのような主張を認めることには否定的です。なぜならば、住宅ローンを支払っているということは単にその人が自分の借金を返しているだけに過ぎないということや、住宅ローンを返済することはその人自身の資産形成の側面があると理解されているからです。
③住宅ローンの支払は一切考慮されないのか?
もっとも、権利者が住宅ローンの残っている持ち家に住んでいる場合、権利者は住居費(家賃や住宅ローンといった住まいにかかる費用)の支払を免れているといえます。
そこで、家庭裁判所の実務では、「権利者の年収に応じた標準的な住居関係費を差し引く」こととしています。
ここで注意が必要なのは、「標準的な住居関係費」は実際に住んでいる地域の平均家賃や仮に当該物件を賃貸借する際の家賃相当額を指すものではないということです。標準的な住居関係費の把握には、家計調査年報という国の統計に基づく平均値を使用します。具体的な金額は以下の表のとおりです。
婚姻費用や養育費を受け取る側の年収 | 住居関係費 |
200万円未満 | 2万2247円 |
250万円未満 | 2万6630円 |
300万円未満 | 3万5586円 |
350万円未満 | 3万4812円 |
400万円未満 | 3万7455円 |
450万円未満 | 4万5284円 |
500万円未満 | 4万6562円 |
550万円未満 | 4万6659円 |
600万円未満 | 5万0890円 |
650万円未満 | 5万5167円 |
700万円未満 | 5万8376円 |
750万円未満 | 6万3085円 |
800万円未満 | 6万4056円 |
900万円未満 | 6万4469円 |
1000万円未満 | 6万8332円 |
1250万円未満 | 7万8065円 |
1500万円未満 | 7万8903円 |
1500万円以上 | 9万1154円 |
なお、こちらのデータは法曹会から出版されている、司法研修所編『養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究』という書籍の31ページに「(資料2)平成25~29年 特別経費実収入比の平均値」として掲載されています。
④結論
算定表から導かれた婚姻費用や養育費が月10万円で、住宅ローンを月7万円払っている場合、権利者の年収が200万円未満であれば、10万円から2万2247円を差し引いた7万7753円が婚姻費用や養育費の月額となります。
まとめ
算定表が公表されたことにより、婚姻費用や養育費を巡る紛争について弁護士への依頼や裁判所を通じた手続きを経ずとも、当事者のみで簡易迅速に解決することも可能になりました。
しかしながら、住宅ローンの負担がある場合や、お子様が私立学校に通っている場合など、算定表を機械的に適用しただけでは妥当な結論が導けないケースも数多く残されています。
離婚を検討されている場合や、婚姻費用・養育費の金額についてお悩みの場合は、ルーセント法律事務所にぜひご相談ください。当事者双方が納得できる離婚条件の設定や、養育費の獲得について離婚事件を多数取り扱っている弁護士がお力添えいたします。